Work at a Hotel in the Cotswolds

cotswoldsコッツウォルズでパティシエとして働くのは私の夢でした。

ホテルでの仕事を見つけたのはちょうどチェルトナムでの語学留学を終えて1年後くらいのこと。
もう一度イギリスへ行くならワーホリでと思っていました。
私は25歳になる年でした。
そのころはビザが25歳までだったので、ちょっとビザのことを調べてみようと思ったら、ビザが30歳まで延長されてしかも期間が2年になっていました。
だからまあ、もう少し働いて2年間仕事がなくても食べて行けるだけの分のお金を貯めてからでも遅くないなと思ったのはちょうど年末年始で実家に帰っているときでした。

そして1ヶ月ほどして。

本屋に立ち寄った私はイギリス関係の本を立ち読みしているとプディングクラブのことが書いてありました。

あ、プディングクラブ知ってる〜 セントクリストファーで1度イベントやったよなー。

そう、私がセンクリで働いていたときに1度、プディングクラブが開催されたのです。
ちょうど熱を出して見ることは出来なかったのですが笑

そんなことを思い出し、家に帰ってネットでプディングクラブのことを調べてみました。

すると・・・

 

えーーーー?!日本語を話せるシェフ募集?!?!?!

 

これは応募するしかないでしょ!
ってことで、急いで履歴書を作って送りました。
私がセンクリで働いていたことも手伝っていい感じの返事をくれましたが、すでにロンドン在住の日本人の方が応募されていました。なので、その方のビザ次第ということで、1ヶ月ほど待ってくれと言われました。

そうしたら

なんとその方のビザがおりなかったので、是非来てほしいっていうではないですか!

きゃーーーー!とテンションアップ!

すぐにワーホリビザを申請し、そのとき働いていたレストランに辞めることを伝えました。
ワーホリビザをとれたのも実はすごくラッキーだったのです。
イギリスのワーホリビザはとにかく人気で、2年になってからはさらに人気が出て抽選で決まるようです。

でも私が申請した年はちょうどビザが色々変わった年で、まだあまり知られていなかったのか、なんと1月に申請開始で私は4月下旬に申請。

それでもまあ、ギリギリだったとはいえとれました。

とれてからはトントン拍子。

6月末には日本を発ちました。
仕事が始まるまで1週間ほどあったので、チェルトナムに行って語学学校時代の友達たちと再会☆
トルコ人、イタリア人、ロシア人、マカオ人、イギリス人・・・みんな国籍は違うけど本当に仲良しでした。
英語がみんな上達してて・・・私は1年の日本滞在でかなり忘れていて、この1週間は英語を思い出すのに重要な1週間でした。

それからいよいよプディングクラブのある村へ。
チェルトナムから向かう途中にある村、ブロードウェイでホテルのマネージャーがピックアップしてくれました。

私、とにかく超緊張してましたw

これからどんな日々が待っているのか。。。

英語もままならないのに、イギリス人と仕事なんてやって行けるのか・・・

って心配は全くなく、むしろワクワクしてましたw

 

さ、長くなってきたのでこの辺でいったんきります。

仕事までたどり着かなかったわ笑

ではではまた次回〜

 

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